世のため人のためなんて無理。自分のことで精一杯

donburako/ 10月 23, 2017/ 人生論/ 0 comments

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こんにちは。どんぶらこ太郎です。

28歳にもなって、自分のことしか考えられない私です。

いろんな人の話をネットとか本で読んでいると、「世のため人のためになることをしなきゃいけない」っていう気持ちになること、ありませんか?

例えば、モチベーションを持続するにも、事業を成功させるにも、「○○のため」という志が必要みたいなこととか。

私には(少なくとも今は)無理です。自分のことで精一杯。そんな私はダメなのか?というやりきれない思いを悶々とブログに記したいと思います。

自分のために生きる人生はイケナイのか?

いやいやいや、あなたの人生はあなたのもの。あなたのため以外に生きる人生なんて虚構だ!!!

って思うんですけどね。

世のため人のために活動している人だって、結局は自分のためですよね?まあこの場合、「世のため人のため=自分のため」みたいに、社会のニーズと個人の欲求が融合しているすっごく高い次元の話だと思いますが。マズローの欲求5段階説でいえばテッペンに君臨する人たち。

そういう人たちを見ていると、確かに「世のため人のため」に命を燃やすことが自分のためになるというふうに思えてきます。

けど、そうは思えない人もたくさんいるのではないでしょうか!?これだけ志を持つことがよしとされる「志社会」では、大した志を持たない人は生きづらい。肩身がせまい。

私みたいな凡人には、そんな志は高尚すぎて嘘っぱちにすら見えます。(まあ完全に憧れの裏返しなのですが)

自分が満たされていないのに、誰かのために動こうなんて思えない

そもそも、私の場合、自分が今の生活に満足していないのに、それを放り出して他の誰かのために動くということが考えられません。

逆の考え方もあるでしょう。誰かのために何かをすることで、自分が満たされるというように。

けどなぜだか私は、私が満たされてはじめて、他人を満たすことができると思い込んでいるところがあります。たぶんそうじゃないこともある、と頭ではわかっているつもりですが、心が、感情がそうは思っていない。

 

世のためとか人のためとかどーでもいいから、まずはとにかく自分のために動きたい!!!

 

そんな声に支配されています。

世のため人のためは結果であって、目的ではないのでは

私のためにやったことが、たまたま世のため人のためになった。これはありえると思います。

けど私にとってそれは、あくまで結果であって、最初から狙ってやるものではない。

そう思えて仕方がないのです。

兎にも角にも、まずは私のため。私のためにひたすら頑張る。それでもしかしたら、誰かの役に立っていることがあるかもしれない。

そのくらいのスタンスが一番しっくりくるんです…

まとまらないまとめ

まとまらない心の声を聞いていただいてすみません、ありがとうございます。

あーだこーだ言いましたが、別に正解がある訳じゃないと思うので、今は私の気持ちに従ってやってみるしかないですよね。

自分のためにやる
自分のためにならないことはしない

もうこうなったら、半分開き直って、ひたすら自己中街道を爆走するしかないように思えてきました。

好きだから、私やってみたいから、私成長になるから…

「あぁ、30目前のいい大人が何を言ってんだか」なんて声が聞こえてきそうです。わかります。10代20代前半がいうなら可愛い。30代になると醜い。わかります。

けどごめんなさい、私は体は28でも、心はまだ10代の子どもなんだと思います。もうこれはどうしようもない!!!

おわり。

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