山頂をめざす生き方、あきらめました。これからは、覚悟をもって「川に流されて生きてゆきます」。

donburako/ 8月 31, 2017/ 人生論/ 0 comments

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はじめまして!どんぶらこ太郎です〜
本日、ブログ初投稿です。

28年間、私はあっちいったりこっちいったり、まったくもって一貫性のない人生を歩んできました。どんぶらこ~どんぶらこと、川に流されているかのように。かつての私は、そんな人生を敵視し、忌み嫌い、いつかでっかい夢を追いかける「ドリーマー」になることを切望していました。

ですが、ようやく悟りました。

私には、山頂をめざすような、カッコイイ生き方はできないと。
これからは、どんぶらこな人生に胸を張って生きていきたい!

そんな想いでブログをたちあげました。同じような悩みをかかえているひとの役にすこしでも立つことができたら・・・なんて思っていたりもします。

さて、長くなりましたが、初記事ということで私の半生をふりかえりつつ、これからの生き方について書いてみたいと思います。

どんぶらこ太郎の半生

そうですね、中学校を卒業するまでは、いたって普通の人生だったと思います。高校に入学したころからでしょうか。どんぶらこの日々を送りはじめたのは。

高校時代

某有名私立大学の付属校に入学した私。

志望理由:「キャンパスがカッコよかったから」

どんぶらこ太郎
このキャンパスカッコイイ!この高校に行きたい!

しかし入学してみると、HPで見たそのカッコイイキャンパスは、実は将来進学するであろう大学のキャンパスだったのです。意味不明すぎますね 笑

当時成績がよかった私は、推薦入試で合格してしまいます。大した苦労もせず、キャンパスがカッコイイからという理由で(それも勘違いだったのですが)、その高校に入ったわけです。

そう、なんの目的もないまま入った高校が付属校。なんとなく過ごしていれば、自動的に大学に入れる。自分の人生と向き合うことをしないには、なんと適した環境だったでしょう。

月日はめぐり、高校2年の秋。進路を決めるとき。
行く大学は決まっている。あとは今ある学科のなかからどれを選ぶか。悩みました。それまでなにも考えてこなかったですから。

決め手は、「卒論のテーマに通ずる学科がどこか」です(高校にしては珍しく、卒論がありました)。書きたいテーマなんてない私は、なぜか「景観」というものに興味を持ち、卒論を書きはじめ、そしてそのまま流れで景観が勉強できる「建築学科」に入学することに。

そうです、高校入学といい、大学入学といい、ちゃんとした目的を持たずに決めてしまったのです。

「なんとなく」「直感で」_まさに流れに身をまかせていました。

そういう大事な節目で、自分の頭で考えて決断してこなかった(当時は考えていたつもりですが)。そこから、「どんぶらこライフ」がはじまったように思います。

大学~大学院時代

大学といえば、就活の時期ですね。人生でもっとも自分と向き合わざるを得ない時期ともいえるでしょう。

・・・大学3年生時の就活。パス。

どんぶらこ太郎
はたらく自分の姿が想像できない・・・

なんとふざけた理由。もちろん、当時はそれっぽく「××を研究したいから」とか言っていましたが、完全にウソですね。自分に言い聞かせていただけで、本音はわかっていました。

「働きたくない/ザ・モラトリアム」

社会進出を遅らせたい潜在意識がそうさせたのか、大学院に行くだけではことたりず、学部時代に1年留年まで経験しました。(原因はいろいろあるのですが長いしあまり関係ないので割愛)

5年かけて入った大学院。なんと、2年で中退してしまいます。

両親
( ゜Д゜;)!?

彼女
・・・別れましょう。

これにはいまの自分も絶句。
両親も絶句。
彼女も絶句。(そしてフラれる)

中退の理由は、「修論で書きたいテーマが見つからなかったから」です。これかなというテーマに手を出しては、途中で「やっぱちがう」と手を引く。この繰り返し。気づいたら修論の提出期限がすぐそこに・・。もう時間的にどうしたって書き終えることはできない。そんな状況になるまで、テーマが決められなかったんですね。

ホント、軸がないというか。情けなかったです。完全に、「モラトリアムこじらせた系」です。

新卒時代

M2で中退した私はどうなったのか。
なんと奇跡的に、内定をいただいていた企業にそのまま入ることができました。(このときの会社の英断には感謝してもしきれません!)内定取消しもありえると思っていたのですが・・・

入社したのは「人材サービス会社」でした。

大学院までいって建築や都市計画を学んでいた人間が、なぜか人材系の会社に。研究室はじまって以来の珍事件です。史上初!(※フツーは、ゼネコンやらディベロッパーやら行きます)

人と向き合う仕事がしたいとかなんちゃら言って入ったと思います。最初は営業の仕事を。途中から総務を。結局、やりがいを見出せず、同期から「こころココにあらずだね」と言われるほどでした。

同期
辞めるってきいて安心したわ。

そうだったんかい!笑

・・・そうしてまた道に迷う。

転職

脱東京したい旨をまわりに話していたら、タイミングよくご縁が運ばれてきました。北海道で新しく会社をはじめた知り合いがいると。
そこで北海道行きを決意。即断。馬の牧場で働くことになりました。

最初は事務方として働いていたのですが、わざわざ北海道まで来て東京時代とあまり変わらない日々を過ごすことに嫌気がさし、馬をお世話する現場に出ることに。それから今にいたるまでの2年間、ずっと馬と一緒に仕事をしています(※ちなみにこの牧場で奥さんに出会いました 笑)。

結婚~現在

最初の牧場で同じ職場だった奥さん。出会ってから10ヶ月で交際をはじめ、その2ヶ月後にはプロポーズ。これまた勢いというか、ものの弾みというか。自分のなかで気持ちが大きくなっていて、気づいたらプロポーズしていましたね。

[いままでを整理すると]

付属高校に推薦入学

建築学科入学・一留

大学院を中退

人材系会社に入社

転職して北海道
馬と奥さんに出会う

新天地@北海道のど真ん中で牧場立ち上げ
プロポーズ・新婚生活が間もなく開始 ←いまココ

正直いまもやりたいことはよくわかりません。

馬といるのは楽しいし癒されるし、とりあえず馬と暮らしたいな~くらいしか考えていません。ちなみにいまは新天地で牧場の立ち上げをしていますが、ステータス的にいえば「契約期間3年の、臨時職員」です。

1年が終わるので、残り2年で私は「野に放たれた桃」になります。ちゃんと生きてゆけるのか・・・まあ不安なあまりないのですが。笑

ざっとこんな感じの半生です。

山頂めざす生き方が正しいわけではない

さて、ここからは私の人生に対する考え方の話になります。

私はいままでずっと、「山頂をめざすこと」がよいことだと思ってきました。

「夢」「ビジョン」「使命」

こういう単語がキラキラ輝いているように見えて、なにもない私はどこか劣っているのではないかと。毎日がなんとなく虚しく感じられるのは、そのせいなんだと。特に就活のときは、自分がいかに空っぽか思い知らされ、うなだれました。

「やりたいことがない人間に価値はない」

下手したらそのくらいまで思っていたかもしれません。ある日、とある本に出会います。

自己啓発本のひとつですが、当時の私には雷が落ちたかのように衝撃的な内容が書かれていました。この本を読んで、「そうか!なにもひとつに限る必要はないんだ!ワクワクすることぜんぶやればいいんだ!」と私的にはパラダイムシフトといった感じでした。このころから、考え方が徐々に変わっていきます。「山頂をめざさなきゃ」という呪縛から解放され、心がやわらいでいくような体験でした。

「ゴールピープル」と「リバーピープル」

「人間には2種類ある。ゴールピープルとリバーピープルだ。」

これは、私が新卒で入社した会社の取締役Aさんの言葉です。Aさんは、ゼロから会社の立ち上げに参画し、一部上場企業にまで育てた最前線のビジネスパーソンでした。役員を退任することになり、そのときの挨拶で出た言葉がこの言葉です。

要約すると、
「ゴールピープル」人生のゴールを決めてそれに向かって真っしぐら生きるひと
「リバーピープル」ゴールは決めずそのときの流れに乗って生きるひと

なるほど、と思いました。

どんぶらこ太郎
じぶん完全にリバーピープルだな。Aさんは絶対ゴールピープルだ

ゼロから上場まで果たす人ですから、当然明確な目的があって然るべきだと思っていたのです。ところがどっこい。Aさんは「リバーピープル」だと言うじゃありませんか。

Aさん
気づいたらここまで来ていた。会社も大きくなり一区切りついたので辞任する。次なにやるか決めてないが、ゆっくり考えていこうと思う

このとき確か、Aさんは50歳そこらだったと思います。このことにめちゃめちゃ勇気をもらいました。
「バリバリ働いているひとのなかにも、リバーピープルはいるんだ・・・!!!」(↑あたりまえなんですが、流れに身をまかせていても、情熱的に生きていくことはできるんだなって思ったんですよね)

「流れに身をまかせる=軸のない人生」ではない

流れに身をまかせるなんていうと、受け身で、フラフラ生きているように聞こえがちです。私もそう思っていました。「流されるなんて、自分の軸がないだけだ」と。だけど、違うのではないかと。

「軸がない」のではなく、「軸の種類が違う」だけなのではないかと!
山頂をゆく人の軸は、「山頂をめざす最短ルートの一本道」という軸
流れにのる人の軸は、「目の前の流れをつかみ波乗りを楽しむ」という軸

こんな感じでしょうか・・・

要は、「主体的に生きるかどうか」が大事なのだと思います。

流れに乗るのにも、「ただなんとなく流される」のと「意志を持って流れに乗る」のとではずいぶん違うはずです。

とある先輩はこういいました。「流されるかわりに、全力で漕げ!」と。
そう、全力で漕げばいいのです。どこに行き着くかもわからないけど、その瞬間を全力で生きる。

今を生きることでしか、本当の未来はやってこないですからね。

覚悟をもって「どんぶらこ」して生きる

いっぽうで、どんぶらこ生きるということは、ヘタするとただ流れに流されるだけの受け身の人生になってしまいます。そうではありません!
あくまで主体的に、です。

ラクな道をえらぼうとしているわけでもありません。ときには激流に溺れそうになったり、流れに逆らって必死で漕がなきゃいけなかったり、いろいろあるでしょう。もしかしたら、流れにのるほうが、山頂をめざすより厳しいかもしれません。

それでも私は、こういう生き方しかおそらくできないのです。

悩みつづけることが人生。
最初からゴールが決まっていないのが人生。

 

どんぶらこ太郎
さあ「どんぶらこライフ」がはじまるよ!
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